
冬の終わりのその朝、1人の少年が死んだ。
トーマ・ヴェルナー。
そして、ユーリに残された1通の手紙。
「これがぼくの愛、これがぼくの心臓の音」。
信仰の暗い淵でもがくユーリ、父とユーリへの想いを秘めるオスカー、トーマに生き写しの転入生エーリク……。
透明な季節を過ごすギムナジウムの少年たちに投げかけられた愛と試練と恩籠。
今もなお光彩を放ち続ける萩尾望都初期の大傑作。
萩尾望都
冬の終わりのその朝、1人の少年が死んだ。
トーマ・ヴェルナー。
そして、ユーリに残された1通の手紙。
「これがぼくの愛、これがぼくの心臓の音」。
信仰の暗い淵でもがくユーリ、父とユーリへの想いを秘めるオスカー、トーマに生き写しの転入生エーリク……。
透明な季節を過ごすギムナジウムの少年たちに投げかけられた愛と試練と恩籠。
今もなお光彩を放ち続ける萩尾望都初期の大傑作。
コメント
タイトルだけ知っていたもののずっと未読だった作品。
ここに描かれているのは、形ばかりのBLなどではない。
ドイツ、寄宿舎、天使のように美しい少年達、どれをとっても日本の少女たちの日常とはかけ離れた、ファンタジー的異世界において、香りのようにたちのぼり、蒸留され純化される「愛」そのもののかたちである。
「受け入れる」よりも重くて、ずっと覚悟の必要な行為
愛に順位などつけたくないけど、一番純度の高い愛があるとしたらこれなんじゃないかと思った
「彼が私を愛さねばならない」、決して自分勝手な思いではないこのことば、、ユーリに生きていてほしいが故のことば
誰もが誰かを許したり、求めたり、そうして欠けた翼を補い合って生きている。
簡単に思えるこの理を、生死や宗教を絡めながら文字通り少しずつ悟っていく作品、「理解」なんてもっての外だと思う
「翼をあげる」の場面何度でも読み返せる涙
キリストとユダの関係性もうちょっと勉強する
漫画「トーマの心臓」を読んだのは、1981年です。
あんまり印象には残りませんでした。
「ポーの一族」「スターレッド」「百億の昼と千億の夜」等の方がずっと好きでした。
最近、森博嗣著「トーマの心臓」を読んだので、もう一度漫画の方を読んでみました。
森さんの本よりは分かりやすいように思いますが、テーマは、無償の愛ということのようなので、苦手のテーマです。
見合いで結婚した神さんに、「私のこと愛してる?」って聞かれて、即答できず、ずいぶん責められました。
愛というのは、未だにわかりません。
ユーリを好きなトーマが、トーマの愛を受け入れてくれないために、鉄道自殺をしてしまいます。
表面上は、冷静にふるまっているユーリですが、ユーリには、以前上級生に煙草に火を押し付けられる等のリンチを受けて、心に傷をもっている、という事情があったのです。
寄宿舎で、ユーリの同室になっている、オスカーは、ユーリが変な気を起こしたりしないように見張る役目だったのです。
(ユーリは、先輩のサイフリートたちの招待に応じ、リンチされ、神を裏切る行為をしてしまったことで、天使の羽を失い、ひとを愛し信じることを止めた。
)
トーマの記憶が薄れてしまう前に、トーマにそっくりのエーリクという転校生が現れます。
人間には、邪悪な心が潜んでいて、ときどき牙をむいたりします。
ユーリにも邪悪な心があり、エーリクにちらりと牙をむけたりします。
最終的には、人は人とかかわらずには生きていけないということを理解して、受け入れて、生きて行くということなのでしょう。
エーリクの母が、交通事故で亡くなり、学校に無断で出かけたエーリクをユーリが迎えに行きますが、漫画では、単独で行きます。
森さんの小説では、オスカーがユーリに同行します。
オスカーの視点から描いてあるので、そうせざるを得なかったのでしょう。
漫画では、母を失ったエーリクをトーマの両親が引き取るという話が出てきます。
エーリクとトーマは遠い親戚だった、というのです。
小説で出てくる、校長のセミナーの話は、漫画では出てきません。
ユーリのリンチの話や受けた火傷の傷、トーマがなぜ自殺をしたのか、ユーリがエーリクやトーマを受け入れて行く様子は、漫画の方がわかりやすいように思います。
よくわからないのがこの漫画の中で、「ルネッサンスとヒューマニズム」という本の持っている意味、です。
●天使の羽は(89頁)
(ユーリ)ぼくは賛美歌を歌い神を語るふりをする。
でもぼくはすでに天使の羽をもたない。
ぼくは毎週家へ愛をこめた手紙を書く。
ぼくは学校では信頼の厚い委員長だ。
でもぼくは誰も信じてはいない。
愛してもいない。
だから誰もぼくを愛してくれなくともいいのだ。
信じてくれなくともいいのだ。
ふりをし、つくろい、えりを正し、なにくわぬ顔をしてぼくは生きていけるのだから・・・
●ベートーベンはなぜ遺書を(104頁)
(先生)「なぜベートーベンはハイリゲン・シュタットの遺書を書いたんだ」
(エーリク)「好きな女にはふられるし、ヒスを起こすので友人はよりつかないし、酒を飲みすぎて胃は痛むし、へつらうには自尊心が高すぎ、近視で難聴でもうめちゃくちゃだったので」
●ゲーテがベートーベンの友人?(105頁)
(エーリク)「ゲーテはベートーベンをごうまんないなかっぺと言って彼のことではかんしゃくばかり起こしているし―」
●どこが面白い(155頁)
(エーリク)「女の子と知り合いになってどうするの?」
(仲間)「その!
楽しいじゃない。
話をしたり、キスしたり」
(エーリク)「それのどこが面白いの?」
●トーマはアムール(恋神)(161頁)
(オスカー)トーマの中にはアムールが住んでいたんだ。
それも極めつけの上等の。
それはもうそれだけで、触れた人間を幸せな気持ちにせずにはおかないような何かが。
●好かれるのなんかまっぴら(180頁)
(ユーリ)「ぼくはね人から好かれるのなんかまっぴらだね!
友情や行為や同情や・・・。
そんなものは迷惑だよ!
」
●ヘッセについて(194頁)
(エーリク)詩人になりたい、さもなくば生きていたくないとヘッセ入ったが小説家として名を成してしつこく85歳まで生きた。
若いころは学校は退学、本屋に勤めりゃ三日で逃げ出すホートー息子
☆萩尾望都の本(既読)
「ストローベリーフィールズ」萩尾望都著、新書館、1976.11.05
「少年よ」萩尾望都著、白泉社、1976.12.25
「月夜のバイオリン」萩尾望都著、新書館、1981.12.25
「戯曲・半神」萩尾望都・野田秀樹著、小学館、1987.10.20
「斎王夢語」萩尾望都著、新潮社、1994.09.20
「左手のパズル」萩尾望都著・東逸子絵、新書館、1995.08.05
「思い出を切りぬくとき」萩尾望都著、あんず堂、1998.04.23
「トリッポンのこねこ」萩尾望都著・こみねゆら絵、教育画劇、2007.02.
「トリッポンと王様」萩尾望都著・こみねゆら絵、教育画劇、2007.02.
「トリッポンとおばけ」萩尾望都著・こみねゆら絵、教育画劇、2007.02.
「トーマの心臓」萩尾望都原作・森博嗣著、メディアファクトリー、2009.07.31
(2010年11月7日・記)
想いを勘違いされ、拒絶させられたからじゃないのかと序盤では考えていたものの、読み進めていくうちにそんな簡単な理由ではなさそうだと気づかされました。
そう気づくことはできたものの、なぜという理由まで分からない……。
私がまだ精神的に成長できていないのか、トーマの行動自体、宗教的な考えによる行動だったのか。
ただこの作品が娯楽で片付けられるような作品ではなく、深層まで考えてようやく到達できるような文学要素を兼ね備えた重たいものであることだけは、かろうじて分かる。
暇潰しにゆっくり読むつもりだったのに、引き込まれて止まらなくなった。
1回読んだだけで理解したとは思えない。
深い…もはや哲学。
ラストは何だか泣けてくるくらい感動(T_T)
男の子しか出てこないのにこういう話なので、最初は違和感あったけど…
女の子が出てこないことで逆に「恋愛」と違う愛の形が表現されてると思う。
キリスト教の知識があったら、もっと色々わかる気がする。