
冬の終わりのその朝、1人の少年が死んだ。
トーマ・ヴェルナー。
そして、ユーリに残された1通の手紙。
「これがぼくの愛、これがぼくの心臓の音」。
信仰の暗い淵でもがくユーリ、父とユーリへの想いを秘めるオスカー、トーマに生き写しの転入生エーリク……。
透明な季節を過ごすギムナジウムの少年たちに投げかけられた愛と試練と恩籠。
今もなお光彩を放ち続ける萩尾望都初期の大傑作。
萩尾望都
冬の終わりのその朝、1人の少年が死んだ。
トーマ・ヴェルナー。
そして、ユーリに残された1通の手紙。
「これがぼくの愛、これがぼくの心臓の音」。
信仰の暗い淵でもがくユーリ、父とユーリへの想いを秘めるオスカー、トーマに生き写しの転入生エーリク……。
透明な季節を過ごすギムナジウムの少年たちに投げかけられた愛と試練と恩籠。
今もなお光彩を放ち続ける萩尾望都初期の大傑作。
コメント
愛というものを知っている人間はどれくらいいるのだろう?
愛には距離感が大切だと思う。
遠すぎては愛がわからないし、近づきすぎると愛は別なものに形を変える…気がする。
でも、この本で描かれている愛はちょっと違うと思う。
きっと読むたびに答えが違うのだろうな…
愛について考えたい時、何度でも読み返そう。
ぼくの生と死と それからひとりの友人について・・・
・・・ぼくが彼を愛したことが問題なのじゃない
彼がぼくを愛さねばならないのだ
どうしても』
非常に繊細。
文学の質を備えている漫画。
舞台はドイツのギムナジウム、主人公は自責の念から「自分には人を愛する資格がない」と心を閉ざす少年ユーリ。
冒頭いきなり少年(トーマ)が自殺し、彼と生き写しの転校生の目を通じて、トーマがどんな人間だったかが明かされていく。
次第に物語の焦点はユーリの苦悩へと移り、彼の再生までを丁寧に追う。
一瞬同性愛ものかと思ったが(男子校で生徒同士がキスしたりしちゃうもんだから)、そういう体裁をとったのは、性愛を排し、不信と孤独、愛と許しという主題に集中するためとみた。
彼らが口にする「好き」は、「きみの信頼を得たい」に近い。
『ぼくは成熟しただけの子どもだ ということはじゅうぶんわかっているし
だから この少年の時としての愛が
性もなく正体もわからないなにか透明なものへ向かって
投げ出されるのだということも知っている』
トーマの手紙はどこまでも名文。
ユーリはもらった翼でボンに飛び、神学校へ。
なんだかもったいない気もするが、彼の苦悩が信仰と不可分だったことを思えば自然か。
トーマの献身、エーリクの純粋さ、オスカーの優しさを、その人の愛ととるか、神の愛の現れととるのか。
ユーリはそこに「神の愛」を見た。
信仰のない私は前者かな。
でも、多分どちらでも同じなのだ。
それが彼を生かした、という意味において。
ユーリには必ず理解できると信じたから、トーマは死を選んだのだな。
と、大筋はこれなのだけど、彼らを取り巻くそのほかの少年たちの様々な心の葛藤も丁寧に描かれていて見所満載。
最近、長山靖生著「萩尾がいる」を読んだので、図書館で借りて何十年ぶりかで再読してみた。
自分も歳をとり、それなりの人生経験を重ねてきた。
そこでこの作品を読み返すと、いろいろな解釈ができるのことに気付いた。
単なるBLの本ではないと感じる。
これを小説で描いていたら、きっと芥川賞をとっていたかもしれない。
他の人が書いたものがありますけど(未読です)。
あと、歳のせいで文庫版コミックは絵も文字も小さく、読み続けるのが辛くなってきた。
すごく切なくて綺麗でした。
オスカー好きだ。