
冬の終わりのその朝、1人の少年が死んだ。
トーマ・ヴェルナー。
そして、ユーリに残された1通の手紙。
「これがぼくの愛、これがぼくの心臓の音」。
信仰の暗い淵でもがくユーリ、父とユーリへの想いを秘めるオスカー、トーマに生き写しの転入生エーリク……。
透明な季節を過ごすギムナジウムの少年たちに投げかけられた愛と試練と恩籠。
今もなお光彩を放ち続ける萩尾望都初期の大傑作。
萩尾望都
冬の終わりのその朝、1人の少年が死んだ。
トーマ・ヴェルナー。
そして、ユーリに残された1通の手紙。
「これがぼくの愛、これがぼくの心臓の音」。
信仰の暗い淵でもがくユーリ、父とユーリへの想いを秘めるオスカー、トーマに生き写しの転入生エーリク……。
透明な季節を過ごすギムナジウムの少年たちに投げかけられた愛と試練と恩籠。
今もなお光彩を放ち続ける萩尾望都初期の大傑作。
コメント
ドイツのギムナジウムが舞台
春近い雪の日 誰からも愛された少年寄宿生トーマが 陸橋から転落死
トーマは 先輩のユーリに遺書を残す
「これが ぼくの愛
これが僕の心臓」
ユーリは 品行方正成績優秀な美少年
しかし、ある過去のトラブルから感情を隠し友人とも一線を保ち学生生活を送っていた
トーマの気持ちを知りつつも
それを拒否していた
遺書さえも 受け入れようとはしない
ユーリが自分の出自やトラブルを受け止めて
トーマの死の真意を受け止めるまでの物語
ユーリと同室で自分の気持ちを表現することなく支えるオスカー
亡くなったトーマにそっくりの転校生エーリックは ユーリへの気持ちを隠さずに包みたい
亡くなったトーマは 死んでユーリの記憶の中で生き続ける
彼らは家庭にそれぞれ悩みを持ちながら ギムナジウムという場所で 友人であり家族でありそれ以上の感情をも持ちながら大人になっていく
ほぼ半世紀前の伝説的コミック
思春期の美しい少年達をめぐるストーリーと詩的なモノローグ
嫌いな部分が見つけられない
なんだけど ひまわり師匠の「聖書の壁」的なものも感じてしまう作品なんですよね
ユーリは羽をもがれた天使的に表現されるし
ユーリが神学校に転校していく際
「ルネッサンスとヒューマニズム」がプレゼントされる これにはトーマの手紙も挟まれているのだけれど このあたりの意味合いを理解できていないんですよね しかもユーリはギリシャ系のミックスという設定だったと思う
それでも 傑作です!
そのときはBLモノのハシリみたいな紹介だったか、非常にうろ覚えだがタイトルにインパクトがあったのか、なんとなく記憶に留めていた。
萩尾望都の作品といえば、「マージナル」がぼくの中では一番印象に残っている。
原作漫画を読んだわけではないが、NHK-FMのラジオドラマのサントラを細野晴臣が担当していたことが記憶のマーキングとなったのだ。
音楽素材としての「マージナル」を通して萩尾望都に辿り着いた逆引きパターンである。
その他では、菅野美穂の初主演ドラマでもある「イグアナの娘」ぐらいだろう。
昭和24年頃生まれの竹宮惠子や大島弓子などとともに「花の24年組」と呼ばれ少女漫画ブームを巻き起こしたが、ぼくが読んだ少女漫画と言えば、いがらしゆみこの「キャンディ・キャンディ」と庄司陽子の「生徒諸君」と限定的であったため、花の24年組は引っかからなかったようだ。
そしてその後のアニメブームによって再認識することになる。
「地球へ・・・」とか「綿の国星」とかね。
そんな萩尾望都の「トーマの心臓」をミステリー作家の森博嗣がノベライズしたものをブックオフで不意に見つけてしまったものだから、原作漫画未読のまま興味津々で読んでしまったわけだ。
ぼくはずっとこの「トーマの心臓」というタイトルの心臓の意味が気になっていた。
ミステリー作家の森博嗣だけにぼくは以下のようなことを読みふけりながら想像していた。
事故か自殺で死んだことになっているトーマは、実はトーマそっくりのエーリクと双子の兄弟で、お互いその事実を知らないまま、エーリクが心臓疾患で心臓移植が必要な状態になり、トーマはなんらかの事情でエーリクに自身の心臓を捧げ命を絶ったのだろう、と。
まあこれがまったくの妄想であったことは、森博嗣のノベライズを読むだけでも容易に理解できるが、では「トーマの心臓」の心臓とはなんだったのか、という疑問は森博嗣のノベライズだけでは理解することはできなかった。
それよりも、舞台をなぜあえて日本にしたのか、ということの方が気になったが、それはここでは深く追求するまい。
そうして、原作漫画の「トーマの心臓」をブックオフで探す間、とりあえず大塚英志の評論を再度読んでみようと思ったので探してみた。
すると、「人身御供論」という評論に「トーマの心臓」をテーマにした章があったので再読することにした。
ここで、大塚英志は心臓の意味を冒頭で言い当てている。
萩尾望都『トーマの心臓』は例外的なケースに属するという点で注目すべき作品だ。
この作者が〈供犠〉という主題に自覚的であることを確認するには、題名に含まれた「心臓」というキーワードの存在を指摘するだけでこと足りよう(人身御供はその心臓をえぐられ神に捧げられることで供犠たりうるのだから)。
この作品のタイトルはこの物語の主題あるいは読みほどかれる方向を作者自身が暗示しているといえる。
大塚英志によれば「トーマの心臓」における心臓とは供犠として差し出されるものであり、それはユーリの成熟の代償であったとしている。
つまり、ユーリが成熟する物語のために御供死としてのトーマが必要だったわけである。
トーマの死によってユーリの成熟の物語は発動し、その象徴としてタイトルに心臓が冠されたと考えるのが妥当なようだ。
そうして、ようやくブックオフで文庫版の漫画「トーマの心臓」を108円で購入し、小さなコマをチマチマ読んだわけだ。
しかしながら、少女漫画に慣れないぼくは非常に時間がかかった。
さらには文庫版の小さなコマ割りにあまり得意ではないぼくはさらなる遅読を強いられることになったのだ。
原作漫画は、ヨーロッパの全寮制男子校を舞台にトーマという少年の死から始まる愛の物語だった。
少年の恋愛を取り上げているのでBLと言われても仕方がないが、描かれているテーマはもっと深く、キリスト教的な教義を元にして生と死、愛と憎悪などを問題提起していて非常に真面目な物語であった。
誰からも愛される美少年トーマと誠実な学級院長ユリスモール(ユーリ)の関係、その関係の末のトーマの死、そしてトーマと瓜二つだが性格はまったく真逆のエーリクの登場で、ユリスモールの人生が大きくねじ曲げられることになる。
しかし、その背後にオスカーという謎ある同級生が関係していく。
彼らの1年間を通して、少年が大人になっていくための葛藤や軋轢が実に見事に描かれていると思う。
「死を持って愛を尊ぶ 」と誰かが言ってたのか定かではないが、少年たちには過酷な問題提起がなされっていると思うけれど、彼らはそれぞれに困難な生い立ちも含め、そしてそれぞれの愛を内包させてひとつ成長できたのだろう。
これは、少女漫画におけるビルドゥングスロマンの傑作だと感じた。
誰かの悲しみを憂い、誰かの幸福を祈る――簡単そうで、時にすべてを投げ出す覚悟を求められさえする。
読み返すほどに、静かに心に降り積もる――さらさらと輝く結晶のような名作。
ユーリが背信的な過ちに苦悩し、彼を取り巻く恋がさらに心境を複雑にする。
ここで特に惹かれたのが作中の「愛情」はあまりいいものだと思えないことだ。
だれかを縛ったり苦しめたりする「愛の様相」が見応えあった。
日本との文化的差異が大きいから前提を間違えるとBL的な要素しか見えてこない気がした。
なにかを愛することってどうしても自己愛の裏返しになってしまうけど、トーマの愛は違う。
冒頭の彼の遺書が、本編を読む前と後とでこんなにも意味合いが変わってくるとは思わなかった。
「彼はぼくを死んでも忘れない」ということ、「彼の目の上にぼくがずっと生きている」ということ、そのおかげでユーリはこれからどれだけ心安らかに生きていけるか、トーマは全部分かったうえで彼に翼を捧げたんだ。
代わりのいない人間なんていないってずっと思ってた。
確かに「物質」的にいえば人間の代わりなんていくらでもいるかもしれない。
私と似た顔、似た声、きっといくらでもいる。
唯一代わりのきかないものは「思い」なんだ。
オスカーにしか、エーリクにしか、ユーリにしか、そしてトーマにしか抱けない思いの形があって、その思いが人に向うことで、その人でしか満たされない「思い」がまた生まれていく。
そうやって人はゆっくりと自分が存在する意味をみつけていくんじゃないかと思う。
真実の愛なんて存在しないってここ最近ずっと思ってたけど、すくなくともここには、この本の中だけにはあった。
現実にもあってくれ~