
その日、生まれてきたのはとても可愛い女の子だった。
だけどなぜか母親の目には、その子の姿がイグアナに見える…。
母と娘の間に横たわる愛と憎しみの葛藤を描いた表題作ほか、両親にスポイルされた少年が人生をみつけるために戻らなければならなかった場所「カタルシス」、アバンチュールへの一瞬の迷い「午後の日射し」、コミックス未収録の短編「帰ってくる子」など6編の異色傑作集。
萩尾望都
その日、生まれてきたのはとても可愛い女の子だった。
だけどなぜか母親の目には、その子の姿がイグアナに見える…。
母と娘の間に横たわる愛と憎しみの葛藤を描いた表題作ほか、両親にスポイルされた少年が人生をみつけるために戻らなければならなかった場所「カタルシス」、アバンチュールへの一瞬の迷い「午後の日射し」、コミックス未収録の短編「帰ってくる子」など6編の異色傑作集。
コメント
ただ遠かった。
時間が経ち今ふたたび手にとって見ると、何とも言えない気持ちになった。
あの頃には遠かった物語が、いつのまにか自分の中にあった・・・。
表題作ラストのコマに描かれたトカゲが文庫サイズだとひときわ小さい。
併録作品、どれも心に刺さる。
『午後の日射し』、萩尾先生は中年主婦の心の傾斜まで活写してしまう。
掲載誌はビッグゴールド。
なるほど。
『学校へ行くクスリ』、こういう心の病をヴィジュアルで見せる手法は、手塚治虫『火の鳥・復活編』が嚆矢なのだろうか。
まさにマンガならではの切り口だ。
コドモのときは、母親から愛されない主人公にただただ同情し、理不尽な話だと捉えていました。
でも今(22歳)は、大嫌いな自分にそっくりなもの(娘)を愛せない母親の心情、何となく分かる気がするのです。
それはきっと容姿の面だけではありません。
そっくりな容姿を通じて、娘の中に自分の内面を見ていたのではないでしょうか。
表題作がドラマ化された、萩尾望都の短編マンガ集。
後書きなどによると、「母と娘」がテーマの短編集なのだという、なるほど。
ドラマは未見だが表題作はもっと連続した長編マンガなのだと思い込んでいたが、コンパクトで作品のテーマが分かりやすく、面白かった。
(あとこの作者は男性なのだと思い込んでいた)「母と娘」と「父と息子」という関係って、何が違うのか・・・?自分が母なり父なりになって始めて、母や父というのは理解できるものなのだろうか・・・?
学校に行ける薬? 頭に花が咲くっていうモチーフがやたら印象に残る